すでにご存じのかたも多いかと思いますが、水曜日に世界のボードゲーム界を賑わすニュースが流れました。Google 傘下のDeep Mind が開発したAlphaZero というAI が、チェスと将棋、それぞれでトップクラスの実力を持つとされていたStockfish、elmo と対局をし、大きく勝ち越したという話題です。AlphaZero は、昨年から今年にかけてプロ棋士を破り、囲碁界を賑わせたAlphaGo と同系統のAI で、それがチェス、将棋にも乗り出したといわけです。チェスではStockfish と白黒50局ずつ、計100試合を行い、28勝72ドローという恐るべき戦績を残しました。Chessgames やChess24 などのサイトでは、AlphaZero とStockfish の対局のうち、AlphaZero が勝った10局の棋譜を公開しています。
いくつかのサイトを見ていると世間の関心が高そうなのは、この2つのゲームであるような印象を受けます。今回公開されたゲームの中で、AlphaZero は白番ではラインは違えど、ポーンをギャンビットしてピースの展開の早さを得るオープニングを採用していました。ここに載せている1つ目のゲームに登場する、Polugayevsky Gambit は私も白番で指したことがあり、なかなか面白いと思っています。そしてポーンを捨ててピースの展開の早さや、ピースの働きの良さ(相手のピースと自分のピースの働きの差)を求める指し方、別の言い方をすればマテリアルよりもイニシアチヴ優先の指し方は、コンピュータというよりも、人間の指し方に近いと私は感じました。
私は最近行われたコンピュータ同士の別の対局にも目を通していましたが、人間の目からすると明らかに損で、オープニングのセオリーを早くに外れる手が登場するものが結構あります。それに対してAlphaZero は、中盤の駒の捨て方には理解しがたいものもありますが、オープニングのチョイス(Quenn's Indian のGambit Line とRuy Lopez Berlin)はかなり人間の感覚に近いですし、ピースを活かすプレーや、形勢判断のやりかたで参考になる点は多々あると思っています。それが最も顕著だったのは、公開された10局の中で以下のゲームではないでしょうか。
このゲームでもAlphaZero はポーンを捨てます。しかし、このポーンの捨て方は人間のゲームにもしばしば登場するもので、白はe4 のマスを使ったプレー、c6 へのプレッシャー、黒の白マスビショップを使いづらくすることなどで、ポーンの代償を図ります。もし黒がd5 のマスを活用したうえで、キングサイドを守り切れれば黒が有利になりそうですが、それを白は上手く封じます。
c5 のマスを抑えることで、c6-c5 のブレイクを防ぎ、b7 のビショップの働きを抑え、c6 をターゲットとして残します。人間のプレーでは、ナイトはボード上に残しておき、キングサイドへのアタックチャンスを残す選択肢と迷いそうですが、それは黒のナイトがd5 にくることを許すリスクもあります。AlphaZero のプレーはリスクを抑え、ピースの働きの差で勝負するものです。
この辺りでは黒は2つのオープンファイルを抑え、使いづらいb7 のビショップの働きの悪さを補っているようにも見えます。しかし、白はここからキングサイドでアクションを起こし、オープンファイルを取りかえします。
h5 まで進んだポーンは、新たなオープンファイルを作るために交換しても、様子を見てh6 に指しても良いでしょう。先程のポジションから5手進んだだけですが、白のイニチアチヴと面白みが分かりやすい局面になりました。
ナイト交換の時もそうでしたが、人間であれば駒損している側は、反撃のためにクイーンを残そうと考えがちです。ただ冷静に考えてみると、黒はf6 でクイーンを交換してしまうと、f6 に刺さったポーンにe7、g7 のマスを奪われることになり、黒マスビショップの働きが悪くなったうえで、バックランクも弱くなります。さらにクイーンを交換してオープンファイルを取れるピースがルークのみになれば、白は黒のルークがaファイルにいればdファイルから、dファイルにいればaファイルからのルークの侵入を見せることができるようになります。そうしてb7 のビショップとバックランクにプレッシャーをかけられれば、1ポーン以上の見返りがあることは明らかでしょう。
白が選択したのはhファイルをオープンにすることで、これによりルークの働きが良くなり、黒キングへのプレッシャーが増えました。e6 も弱くなったことで黒はディフェンス面で負担が増え、ピースを自由に使いづらくなります。
ここでポーンを返す手はリスクがあるように見えますが、代わりに黒は何ができるでしょうか? 36... Rd4!? 37. Be3 Rd7 38. Bg5 Rd4 39. Be3 Rd7 (39... Rd8? 40. Rxh7!! Qxh7 41. Bxg6 Qg7 42. Qxe6+ Kh8 43. Qg4 Ra8 44. Qh5+ Kg8 45. e6+- こうしたアタックチャンスは白が期待するものです。) 40. Bg5= こう進んでドローという選択は人間同士の試合でいかにもありそうですが、黒が何もアクションを起こせない以上、ゆっくりと白はプランを練っても良いでしょう。ゲームをどのように進めるかは白に選択権があります。
ポーンを取りかえせば、ポーンストラクチャーの良さとピースの働きで白優勢であることは疑いようがありません。
黒マスビショップを交換すれば、白マスビショップの働きの差は顕著になります。c6、e6、g6 の弱い黒にとっては、厳しいポジションでしょう。
ここまでくれば、黒はもはや何もできません。エンドゲームは白の勝ちです。
いくつかの記事やコメントを見ていると、チェスや将棋が完全解析されるのではないか、突然こんな強いプログラムが現れるなんて、今までのはなんだったのか、ゲームとしての魅力は今後どうなるか、といった意見がありました。今回のゲームを見て、チェスに関しての私の個人的な意見をまとめます。
(1) これまで人間が培ってきたチェスのアイディア、研究は正しく、そして尊いものである
私が解説を書いたゲームでは特に、人間の感覚で理解できる部分が多く、コンピュータのチェスは異次元で、人間のチェスが終わったなどということは一切ないと断言できます。むしろこれまでのプログラムよりも、人間的な指し方を感じられる部分の多いAlphaZero のプレーに、大きく安堵している一面があります。チェスプレーヤーはコンピュータのない時代から、様々なアイディアを盤上で組み合わせ、実践と検証をし、チェスのより良い指し方を研究してきました。そうしたこれまでの人間のチェスの価値を再認識でき、自信を持ってこれからもチェスに励むことができると自分では思っています。
(2) コンピュータプログラムも人間も、これからもまだ強くなる
私の手元にあり、解析に普段使っているエンジンはStockfish とは違いますが、かなりそれに近い性能を持ち、人間のトップクラスよりも遙かに強いものです。そのエンジンでも今回のゲームは分からない局面が多く、評価が急に覆ることも多かったです。(長い時間、解析にかければまた結果は違うかもしれませんが) チェスのエンジンが人間よりも強くなって20年、Chess24 ではStockfish の評価が出て、私たちは試合を観戦します。そうした状態に慣れすぎると、コンピュータの示すことは常に正しく、人間の判断は間違いであると思い込みがちです。しかし、今回のマッチでStockfish が大敗を喫し、これまでのトップクラスのエンジンも完璧ではないと分かると、そうした思い込み、錯覚から私たちは覚めることになります。Deep Mind が今後もチェス、将棋のプログラムとして、AlphaZero の開発を進めるかは分かりませんが、もし進められれば今以上に強くなるでしょうし、そうでなくともいずれは、別のプログラムが今のAlphaZero よりも強くなるでしょう。そしてその時々で一番強い(とされる)何者かの評価、判断が必ずしも正しいわけではないと意識できれば、人間もこれまで以上に強くなれると思います。もちろん、強くなるスピードはコンピュータほどではないでしょうけどね。
(3) チェスは思っている以上に奥深いものである
今回のマッチの結果とゲームを見て、人間の考え方の価値が再認識できたり、一方で人間では理解しがたい面も見えたりと、様々な刺激を受けることができました。AlphaZero はこれまでのプログラムに一線を画す強さを示していますが、それでもStockfish 相手に全勝はできませんし、まだまだチェスを完全解析する存在ではないでしょう。チェスは世界中で多くの人が人生をかけてもわからないことが多く、人間の遥か先を行く最新のプログラムでも、最深部へは届きません。今回のニュースを知って、多くの人は、AlphaZero は、Google は、デミスハサビスはすごい! と思ったことでしょう。私ももちろんそれは感じますが、それ以上にチェスはすごい! そしてそんなゲームを作り、研究してきた人間という存在もすごい! と思うわけです。だから私は、チェスの魅力が失われるということはないと思っていますし、今後もこうしてチェスの魅力を感じられる機会を楽しみにしています。
ひとまずは以上です。もちろんチェスに携わる人間としての私の個人的な見解ですし、そう考える根拠は何? と聞かれると答えられない点も多々ありますが、その辺りはご容赦ください。将棋も対局も棋譜が公開され、将棋ファンが将棋というゲームを見つめる一つの機会になると良いですね。
AlphaZero (Computer) - Stockfish (Computer)
AlphaZero - Stockfish
1. Nf3 Nf6 2. d4 e6 3. c4 b6 4. g3 Bb7 5. Bg2 Be7 6. O-O O-O 7. d5 exd5 8. Nh4 c6 9. cxd5 Nxd5 10. Nf5 Nc7 11. e4 d5 12. exd5 Nxd5 13. Nc3 Nxc3 14. Qg4 g6 15. Nh6+ Kg7 16. bxc3 Bc8 17. Qf4 Qd6 18. Qa4 g5 19. Re1!?
19... Kxh6 20. h4 f6 21. Be3 Bf5 22. Rad1 Qa3 23. Qc4 b5 24. hxg5+ fxg5 25. Qh4+ Kg6 26. Qh1 Kg7 27. Be4 Bg6 28. Bxg6 hxg6 29. Qh3 Bf6 30. Kg2 Qxa2 31. Rh1 Qg8 32. c4 Re8 33. Bd4 Bxd4 34. Rxd4 Rd8 35. Rxd8 Qxd8 36. Qe6 Nd7 37. Rd1 Nc5 38. Rxd8 Nxe6 39. Rxa8 Kf6 40. cxb5 cxb5 41. Kf3 Nd4+ 42. Ke4 Nc6 43. Rc8 Ne7 44. Rb8 Nf5 45. g4 Nh6 46. f3 Nf7 47. Ra8 Nd6+ 48. Kd5 Nc4 49. Rxa7 Ne3+ 50. Ke4 Nc4 51. Ra6+ Kg7 52. Rc6 Kf7 53. Rc5 Ke6 54. Rxg5 Kf6 55. Rc5 g5 56. Kd4 1-0
AlphaZero - Stockfish
AlphaZero (Computer) - Stockfish (Computer)
AlphaZero - Stockfish
1. Nf3 Nf6 2. c4 b6 3. d4 e6 4. g3 Ba6 5. Qc2 c5 6. d5 exd5 7. cxd5 Bb7 8. Bg2 Nxd5 9. O-O Nc6 10. Rd1 Be7 11. Qf5 Nf6 12. e4 g6 13. Qf4 O-O 14. e5 Nh5 15. Qg4 Re8 16. Nc3 Qb8 17. Nd5 Bf8 18. Bf4 Qc8 19. h3 Ne7 20. Ne3 Bc6 21. Rd6 Ng7 22. Rf6 Qb7 23. Bh6 Nd5 24. Nxd5 Bxd5 25. Rd1 Ne6 26. Bxf8 Rxf8 27. Qh4 Bc6 28. Qh6 Rae8 29. Rd6 Bxf3 30. Bxf3 Qa6 31. h4 Qa5 32. Rd1 c4 33. Rd5 Qe1+ 34. Kg2 c3 35. bxc3 Qxc3 36. h5 Re7 37. Bd1 Qe1 38. Bb3 Rd8 39. Rf3 Qe4 40. Qd2 Qg4 41. Bd1 Qe4 42. h6 Nc7 43. Rd6 Ne6 44. Bb3 Qxe5
45. Rd5 Qh8 46. Qb4 Nc5 47. Rxc5 bxc5 48. Qh4 Rde8 49. Rf6 Rf8 50. Qf4 a5 51. g4 d5 52. Bxd5 Rd7 53. Bc4 a4 54. g5 a3 55. Qf3 Rc7 56. Qxa3 Qxf6 57. gxf6 Rfc8 58. Qd3 Rf8 59. Qd6 Rfc8 60. a4 1-0
AlphaZero - Stockfish
いくつかのサイトを見ていると世間の関心が高そうなのは、この2つのゲームであるような印象を受けます。今回公開されたゲームの中で、AlphaZero は白番ではラインは違えど、ポーンをギャンビットしてピースの展開の早さを得るオープニングを採用していました。ここに載せている1つ目のゲームに登場する、Polugayevsky Gambit は私も白番で指したことがあり、なかなか面白いと思っています。そしてポーンを捨ててピースの展開の早さや、ピースの働きの良さ(相手のピースと自分のピースの働きの差)を求める指し方、別の言い方をすればマテリアルよりもイニシアチヴ優先の指し方は、コンピュータというよりも、人間の指し方に近いと私は感じました。
私は最近行われたコンピュータ同士の別の対局にも目を通していましたが、人間の目からすると明らかに損で、オープニングのセオリーを早くに外れる手が登場するものが結構あります。それに対してAlphaZero は、中盤の駒の捨て方には理解しがたいものもありますが、オープニングのチョイス(Quenn's Indian のGambit Line とRuy Lopez Berlin)はかなり人間の感覚に近いですし、ピースを活かすプレーや、形勢判断のやりかたで参考になる点は多々あると思っています。それが最も顕著だったのは、公開された10局の中で以下のゲームではないでしょうか。
AlphaZero (Computer) - Stockfish (Computer)
AlphaZero - Stockfish
1. d4 Nf6 2. c4 e6 3. Nf3 b6 4. g3 Bb7 5. Bg2 Bb4+ 6. Bd2 Be7 7. Nc3 c6 8. e4 d5 9. e5 Ne4 10. O-O Ba6 11. b3 Nxc3 12. Bxc3 dxc4 13. b4
AlphaZero - Stockfish
このゲームでもAlphaZero はポーンを捨てます。しかし、このポーンの捨て方は人間のゲームにもしばしば登場するもので、白はe4 のマスを使ったプレー、c6 へのプレッシャー、黒の白マスビショップを使いづらくすることなどで、ポーンの代償を図ります。もし黒がd5 のマスを活用したうえで、キングサイドを守り切れれば黒が有利になりそうですが、それを白は上手く封じます。
13... b5 14. Nd2 O-O 15. Ne4 Bb7 16. Qg4 Nd7 17. Nc5!
c5 のマスを抑えることで、c6-c5 のブレイクを防ぎ、b7 のビショップの働きを抑え、c6 をターゲットとして残します。人間のプレーでは、ナイトはボード上に残しておき、キングサイドへのアタックチャンスを残す選択肢と迷いそうですが、それは黒のナイトがd5 にくることを許すリスクもあります。AlphaZero のプレーはリスクを抑え、ピースの働きの差で勝負するものです。
17... Nxc5 18. dxc5 a5 19. a3 axb4 20. axb4 Rxa1 21. Rxa1 Qd3 22. Rc1 Ra8
この辺りでは黒は2つのオープンファイルを抑え、使いづらいb7 のビショップの働きの悪さを補っているようにも見えます。しかし、白はここからキングサイドでアクションを起こし、オープンファイルを取りかえします。
23. h4 Qd8 24. Be4 Qc8 25. Kg2 Qc7 26. Qh5 g6 27. Qg4 Bf8 28. h5
h5 まで進んだポーンは、新たなオープンファイルを作るために交換しても、様子を見てh6 に指しても良いでしょう。先程のポジションから5手進んだだけですが、白のイニチアチヴと面白みが分かりやすい局面になりました。
28... Rd8 29. Qh4 Qe7 30. Qf6!
ナイト交換の時もそうでしたが、人間であれば駒損している側は、反撃のためにクイーンを残そうと考えがちです。ただ冷静に考えてみると、黒はf6 でクイーンを交換してしまうと、f6 に刺さったポーンにe7、g7 のマスを奪われることになり、黒マスビショップの働きが悪くなったうえで、バックランクも弱くなります。さらにクイーンを交換してオープンファイルを取れるピースがルークのみになれば、白は黒のルークがaファイルにいればdファイルから、dファイルにいればaファイルからのルークの侵入を見せることができるようになります。そうしてb7 のビショップとバックランクにプレッシャーをかけられれば、1ポーン以上の見返りがあることは明らかでしょう。
30... Qe8 31. Rh1 Rd7 32. hxg6 fxg6
白が選択したのはhファイルをオープンにすることで、これによりルークの働きが良くなり、黒キングへのプレッシャーが増えました。e6 も弱くなったことで黒はディフェンス面で負担が増え、ピースを自由に使いづらくなります。
33. Qh4 Qe7 34. Qg4 Rd8 35. Bb2 Qf7 36. Bc1 c3?!
ここでポーンを返す手はリスクがあるように見えますが、代わりに黒は何ができるでしょうか? 36... Rd4!? 37. Be3 Rd7 38. Bg5 Rd4 39. Be3 Rd7 (39... Rd8? 40. Rxh7!! Qxh7 41. Bxg6 Qg7 42. Qxe6+ Kh8 43. Qg4 Ra8 44. Qh5+ Kg8 45. e6+- こうしたアタックチャンスは白が期待するものです。) 40. Bg5= こう進んでドローという選択は人間同士の試合でいかにもありそうですが、黒が何もアクションを起こせない以上、ゆっくりと白はプランを練っても良いでしょう。ゲームをどのように進めるかは白に選択権があります。
37. Be3 Be7 38. Qe2 Bf8 39. Qc2 Bg7 40. Qxc3 Qd7 41. Rc1
ポーンを取りかえせば、ポーンストラクチャーの良さとピースの働きで白優勢であることは疑いようがありません。
41... Qc7 42. Bg5 Rf8 43. f4 h6? 44. Bf6+-
黒マスビショップを交換すれば、白マスビショップの働きの差は顕著になります。c6、e6、g6 の弱い黒にとっては、厳しいポジションでしょう。
44... Bxf6 45. exf6 Qf7 46. Ra1 Qxf6 47. Qxf6 Rxf6 48. Ra7 Rf7 49. Bxg6 Rd7 50. Kf2 Kf8 51. g4 Bc8 52. Ra8 Rc7 53. Ke3
ここまでくれば、黒はもはや何もできません。エンドゲームは白の勝ちです。
53... h5 54. gxh5 Kg7 55. Ra2 Re7 56. Be4 e5 57. Bxc6 exf4+ 58. Kxf4 Rf7+ 59. Ke5 Rf5+ 60. Kd6 Rxh5 61. Rg2+ Kf6 62. Kc7 Bf5 63. Kb6 Rh4 64. Ka5 Bg4 65. Bxb5 Ke7 66. Rg3 Bc8 67. Re3+ Kf7 68. Be2 1-0
いくつかの記事やコメントを見ていると、チェスや将棋が完全解析されるのではないか、突然こんな強いプログラムが現れるなんて、今までのはなんだったのか、ゲームとしての魅力は今後どうなるか、といった意見がありました。今回のゲームを見て、チェスに関しての私の個人的な意見をまとめます。
(1) これまで人間が培ってきたチェスのアイディア、研究は正しく、そして尊いものである
私が解説を書いたゲームでは特に、人間の感覚で理解できる部分が多く、コンピュータのチェスは異次元で、人間のチェスが終わったなどということは一切ないと断言できます。むしろこれまでのプログラムよりも、人間的な指し方を感じられる部分の多いAlphaZero のプレーに、大きく安堵している一面があります。チェスプレーヤーはコンピュータのない時代から、様々なアイディアを盤上で組み合わせ、実践と検証をし、チェスのより良い指し方を研究してきました。そうしたこれまでの人間のチェスの価値を再認識でき、自信を持ってこれからもチェスに励むことができると自分では思っています。
(2) コンピュータプログラムも人間も、これからもまだ強くなる
私の手元にあり、解析に普段使っているエンジンはStockfish とは違いますが、かなりそれに近い性能を持ち、人間のトップクラスよりも遙かに強いものです。そのエンジンでも今回のゲームは分からない局面が多く、評価が急に覆ることも多かったです。(長い時間、解析にかければまた結果は違うかもしれませんが) チェスのエンジンが人間よりも強くなって20年、Chess24 ではStockfish の評価が出て、私たちは試合を観戦します。そうした状態に慣れすぎると、コンピュータの示すことは常に正しく、人間の判断は間違いであると思い込みがちです。しかし、今回のマッチでStockfish が大敗を喫し、これまでのトップクラスのエンジンも完璧ではないと分かると、そうした思い込み、錯覚から私たちは覚めることになります。Deep Mind が今後もチェス、将棋のプログラムとして、AlphaZero の開発を進めるかは分かりませんが、もし進められれば今以上に強くなるでしょうし、そうでなくともいずれは、別のプログラムが今のAlphaZero よりも強くなるでしょう。そしてその時々で一番強い(とされる)何者かの評価、判断が必ずしも正しいわけではないと意識できれば、人間もこれまで以上に強くなれると思います。もちろん、強くなるスピードはコンピュータほどではないでしょうけどね。
(3) チェスは思っている以上に奥深いものである
今回のマッチの結果とゲームを見て、人間の考え方の価値が再認識できたり、一方で人間では理解しがたい面も見えたりと、様々な刺激を受けることができました。AlphaZero はこれまでのプログラムに一線を画す強さを示していますが、それでもStockfish 相手に全勝はできませんし、まだまだチェスを完全解析する存在ではないでしょう。チェスは世界中で多くの人が人生をかけてもわからないことが多く、人間の遥か先を行く最新のプログラムでも、最深部へは届きません。今回のニュースを知って、多くの人は、AlphaZero は、Google は、デミスハサビスはすごい! と思ったことでしょう。私ももちろんそれは感じますが、それ以上にチェスはすごい! そしてそんなゲームを作り、研究してきた人間という存在もすごい! と思うわけです。だから私は、チェスの魅力が失われるということはないと思っていますし、今後もこうしてチェスの魅力を感じられる機会を楽しみにしています。
ひとまずは以上です。もちろんチェスに携わる人間としての私の個人的な見解ですし、そう考える根拠は何? と聞かれると答えられない点も多々ありますが、その辺りはご容赦ください。将棋も対局も棋譜が公開され、将棋ファンが将棋というゲームを見つめる一つの機会になると良いですね。
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