Kojima, S (JPN, 2081) - Kuwata, S (JPN, 1806)
Master Tournament A Class 2005
White to move
エンドゲームは見た目の印象よりも、実際に指してみると複雑なことがしばしばあります。上記のポジションは一度、Weekly Chess Puzzle で出題していましたが、解答を発表していなかったため、きちんと解説の記事を書いてみようと思います。
白はポーンアップですが、ここから勝つためにはしっかりとプランを立てなければいけません。黒のキングとビショップでの反撃をうまく抑え込みつつ、ポジションを改善するためにはどうすれば良いでしょうか。
52. Ng6+ Kf7 53. Nf4
白はまず様子見でナイトを動かします。これでeポーンを進めることができるようになりましたが、果たしてパスポーンを進めれば勝てるでしょうか。まずはこのパスポーンを進めることが、白にとってプラスになるかどうかを考えてみます。
白のeポーンは落とされることなく、e6 までは進めるでしょう。ポーンをe6、ナイトをg6 に配置し、黒キングをe8 のマスに縛れば、黒はポーンにもナイトにも手出しができません。この状態のまま、白はh4 のポーンを取って2ポーンアップになれば勝てそうですが、
e1-g3 のダイアゴナルでビショップに待たれた場合、h4 を取るのはナイトからになります。そして
Ng6-Nxh4 と取った際、
Ke8-Ke7 と上がられると、白はeポーンを助けることができません。このように考えた場合、e6 までポーンを進め、eポーンとhポーンの距離を離すことは、あまりメリットがないように感じられます。
もう1つの考え方として、ポーンはいつでも進めることができますが、戻ることは決してできません。それならば黒からカウンタープレーがない以上、白はポーンを進めるとしても、なるべくナイトとキングの位置を良くしたうえで進めるべきです。
53... Be1 54. Nd3 Bg3 55. Ne5+ Ke7 56. Ng4!
この辺りでナイトの目指すゴールとなるマスが見えてきました。ナイトはh4 をアタックしつつ、g3 のマスを抑えるf5 がベストの位置です。さらに最近この試合を振り返って気付いたのは、ナイトのゴールがf5 だと最初から見当をつけられれば、遠回りをせずに
52. Ng4! でも十分です。
56... Be1 57. Ne3 Bf2
57... Kf7 58. Kg4 Ke6 59. Nf5 Ke5 60. Kf3 Ke6 61. Ke2+- このような手順でも本譜と同じです。
58. Kf4 Bg3+ 59. Kg4 Kf6 60. Nf5! Bf2
黒はg3 でピース交換をするわけにはいかないので、ビショップが逃げる1手です。ここでのポイントは、
60... Be1 61. Nxh4! Ke5 62. Nf3++- と進み、白がナイトフォークでビショップを取れれば白の勝ちになるということです。このようにh4 のポーンを取れることが、eポーンを4段目にキープしておき、eポーンとhポーンの距離を離さなかった利点となっています。
61. Kf3! Be1 62. Ke2!
こうして逃げたビショップをキングで追い、完全に
e1-g3 のダイアゴナルから追い出してからh4 を取れば、白の勝勢です。間違って
61. Nxh4? Ke5! ならば、黒はe4 のポーンを取ってドローに持ち込むことができるでしょう。
62... Ba5 63. Nxh4 Ke5
白はh4 のポーンを取って明らかにポジションを改善しました。それではこれがそう簡単に勝ちかと言えば、そんなこともありません。白はe、hポーンを取られずに進めるために、もう一工夫必要です。
63... Kg5 64. Ng2 Bc7 65. Kd3 Be5 66. Kc4 Kf6 67. Kd5 Bb8 68. h4 Bg3 69. Kd4 Kg6 70. Kc4 Kg7 71. Ne3 Kg6 72. Nf5 Bf2 73. Kd5 Be1 74. Ke5 Bf2 75. Kf4 Be1 76. e5+- こうしてf4 までキングを回してからeポーンを進めれば、今度こそ完全に白の勝ちです。
64. Kf3 1-0
ちなみにこのエンドゲームには、もう一つ語るべきストーリーがあります。それはこのエンドゲームが封じ手の末に指されたものであるということです。封じ手というのは、試合が長引いた際にいったん中断し、手番の側が対戦相手にも周囲にも分からなうよう紙に自分の指す手を記して、試合再開時にその手からスタートするというものです。封じた側は手を変更することができず、封じられた側は相手が選んだ手を知ることができないという点で、公平性を保つのです。将棋や囲碁の世界では現在でも残る封じ手の制度ですが、チェスの世界ではコンピュータが進歩して解析が容易になりすぎたため、封じ手の制度はほとんど残っていません。
私と桑田くんは封じ手から再開までの間、互いに10年以上前のコンピュータで解析をして、このエンドゲームが複雑であることを理解していました。現在でもありえることですが、コンピュータは白の勝勢と評価し、それに応じた指し手も示していても、実際にその通り進めるとどこかで同じ手を繰り返し、白勝ちにならないのです。そこで私はコンピュータの解析と人間らしい発想を織り交ぜ、長い時間をかけてナイトがf5 にいくアイディアを発見しました。こうした経緯もあり、このエンドゲームが10年以上たっても思い出深いものになっているのです。