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2013/07/25

Memories of Hungary Vol.7 - What I study in Hungary -


3月に帰国して以来、「小島さん、変わりましたね」と周囲から言われることが、しばしばあります。そしてそれは、チェスのプレーに関することではありません。ハンガリーでの9ヶ月は、もちろんチェスの勉強がメインの目的であったわけですが、それ以外にも私がハンガリーの生活の中で学んだことは、たくさんあるはずです。自分で自分の変化を考えるのは少し難しいですが、ハンガリーを振り返るシリーズの締めくくりとして、このテーマで記事を書いてみようと思います。

これまでの記事で書いてきた通り、私はハンガリーで多くの人と交流を持ちました。それはブダペストで勉強する留学生であったり、ハンガリーや近隣諸国で働く日本人たちであったり、少しの間ハンガリーに立ち寄った旅人であったり、私同様、チェスが好きで好きでしょうがないチェスプレーヤーたちであったりします。その中には、これまで私が関わることのなかった種類の人たちも多く、日本の狭いチェスの世界ばかりにいた私には、様々な新鮮な発見がありました。

例えば小さなことですが、私はアンダンテでの生活に入る前、一人でコーヒーメーカーでコーヒーを作ってみたり、から揚げを作るために鶏肉の下処理をしたり、外国で日本人の友人を作ったりしたことがありませんでした。人にとっては当たり前のことでも、私のこれまでの生活には必要ない、もしくは自分にはできないと思っていたためです。しかしこれらは全て、やろうと思えばそう難しいことではなく、なぜ今まで自分でやろうとしなかったのか、首を傾げたくなるようなことばかりです。


アンダンテでは、他のお客さんと協力して料理を作ることもありました。(ほとんど人任せでしたけどね!)

逆に私に対しては「チェスできるなんてすごいね!」という声が、アンダンテのお客さんからはよく寄せられました。しかし、私はチェスができることをすごいと思ったことはないですし、教えたお客さんの多くは1時間もあればルールをマスターしてしまいます。大学を卒業してから、チェスの道に進もうと思ったのも、ハンガリーでの留学を決めたのも、結局は自分がどうしようもないほどチェスが好きで、もっともっとチェスがしたかったからです。

そんな私にはブダペストで日本人宿を経営することや、ブダペストの大学に籍を置くことや、世界中を一人で旅することのほうが、自分がやっていることよりも、よっぽどすごいことで、自分には全く真似できないことに思えました。しかし彼らに言わせれば、それも私同様、好きだからやっているものなのかもしれません。結局のところ、誰しもが自分にできることは大したことではなく、他人にできることはすごいと、思い込みがちなのでしょう。


チェスを教えたお客さん同士が、対戦することもありました。

これまで頭では分かったつもりでも、きちんと理解できていなかったこと。それは人にとって当たり前のことや、できることが、他人にとってはそうではないということです。こんな小さなことを、多くの人との交流の中で再確認できたことが、ハンガリーの生活の中で学べた、最も大切なことなのかもしれません。それと同時に、自分のコンプレックスを見て卑下する必要などないと、少し肩の荷が下りました。

ちなみにこれは、自分の未熟な部分を無視しても良いということではありません。自分がどうしても気になる点は、自分で改善に取り組むべきでしょう。私が言いたいのは、他人と自分を比べて、隣の芝生を羨んでばかりいても仕方がないということです。それよりも、自分ができることを伸ばし、自分ができないと思っていたことにも、一度チャレンジしてみるべきでしょう。意外とあっさりできてしまうかもしれません。こうしたことに気づいてから、私がどう変わったか。自分や他人に対して寛容になったか、実のところはよくわかりません(笑) でも、そういう自分でありたいという気持ちは、ハンガリーから戻った今も持ち続けています。

そして、これからまたどうしていくかということですが、まだ迷い中です。しかし、まずはハンガリーに忘れてきた最後のIM ノームを取ることを、当面の目標にします。「結局そこに戻るんだな!」と突っ込まれそうですが、まずは自分の出来ることを一歩ずつです(笑) 試合の少ない日本の生活で腕が鈍っており、3ヶ月かけてもノームを取れなかったらどうしようか... という不安もありますが、そこは皆さんの応援でカバーできればと思います! そのようなわけですので、引き続き、私のことを温かく見守っていただければと思います。

2013/07/23

Memories of Hungary Vol.6 - A Reliable Organizer -


9月にハンガリーに戻ることを発表したので、このシリーズもそろそろ終わりにしようと思います。本当はあと1号で締めくくるつもりでしたが、この人のことを書かないわけにはいかないと思い至り、2号書く予定にします。今回は、ハンガリーで伝統的なGM, IM トーナメント、First Saturday のオーガナイザー、Laszlo Nagy 氏をご紹介します。

First Saturday については、このブログで何度も書いていますが、ここで改めて説明をしておきましょう。この大会はハンガリーの首都、ブダペストにて、1月を除いて毎月開催されるラウンドロビン(もしくはダブルラウンドロビン)の大会で、GM セクションではGM ノームを、IM セクションでは、IM ノームを獲得するチャンスがあります。そのため、私のようにノームを欲するチェスプレーヤーたちが、アジアだけでなくヨーロッパ各国からも集まります。Laszlo さんの仕事は非常にざっくり言えば、この大会を年に11回、開催することです。

そのために必要なことはいくつもあると思いますが、もっとも大切なことは、きちんと毎月人を集めることでしょう。ノームの条件が成立するためのマスターの確保と、ノームを欲するプレーヤーの確保を両立しなければ、GM, IM トーナメントは成立しません。プレーヤーが参加の意思を決めて、航空券とホテルを予約し、いざ出発の直前に、「人が集まらなかったから今月のFS は中止です」では、とてもお話になりません。

そして、そんな大会開催を継続するのにも、大変な労力が必要です。例えば、私が本気で動こうと決断すれば、3~4ヵ月後に海外からマスターを呼んで協力してもらい、日本のトッププレーヤーを交えて、日本でIM トーナメントを開催することは、なんとか可能だと思います。しかし、それを毎月、年に11回開催するのは、とてもではないですが不可能でしょう(笑) Laszlo さんは先日、7月のFS を終えたばかりですが、すでに8月どころではなく、9月10月の開催のための、プレーヤー確保に動いています。それを1年中、そして毎年繰り返すわけです。


イスタンブールオリンピアードにて

なぜ、ハンガリーでこうしたトーナメントがコンスタントに成立するかと言えば、地元のマスターや隣国のマスターが集まりやすいこともあるでしょうが、なにより、オーガナイザーのLaszlo さんが細かな気配りができ、そして信頼できる人間だからだと確信しています。ちょっとしたことですが、彼はどんな参加者とも、会場でよく話をします。内容は戦績のことや、生活のことなど様々ですが、参加者がブダペスト滞在中、問題なくチェスをプレーできるか、何か不満はないかを常にチェックしています。さらに面白いのは、各国の挨拶を覚えようとすることです。私には「コンニチハ! オゲンキデスカ?」 と聞いてきますし、インド人には「ナマステ!」と挨拶しています。こんなことは誰でもでき、大したことではないと思うかもしれませんが、ちょっとした労力をかけて顧客の満足度を上げるということは、どんな世界でも必要なことではないかと思います。

他にも、プレーヤー以外の会場見学を積極的に受け入れ、アンダンテでできた私の友達とも交流を積極的に持ちますし、私がハンガリーを離れた後も、最近どうしてるか? と細かく連絡をくれます。連絡をくれるのはビジネスのためかもしれませんが、数ヶ月たっても自分のことを気にしてくれるというのは嬉しいことですし、彼がそういった人物でなければ、次回はハンガリーではなく、別のトーナメントに参加しようと考えるプレーヤーも、間違いなくいるでしょう。まとめるならば、Laszlo さんは、なかなかに愉快な人物で、その彼の人徳が、FS を支える柱になっているということです。「ガールフレンドはできたか?」と、しつこく聞いてこなくなれば、まさにパーフェクトでしょう!(笑)

そんな彼でも、First Saturday の企画設立当初は、かなりの苦労があったと予想します。現在では、ヨーロッパのGM, IM トーナメントと言えば、ハンガリーのFirst Saturday だというのが、世界のチェス界でも常識になっていますが、最初からそうだったはずがありません。どうやって国内のマスターに協力してもらうか、どうやって海外からプレーヤーを集めるか、どうやって大会を告知するか、そういったことを試行錯誤してきた結果、現在のFS があるのでしょう。過去に彼が行ってきた努力を予想し、現在の彼と大会の様子を見るたび、月並みな表現ですが、すごい人だなと思うのです。

私は1ヵ月半後にはハンガリーに戻り、彼と半年ぶりの再会を果たします。チェスの世界で生きる先輩としての、彼の活動は今後もチェックしていきたいと思いますし、次のハンガリー滞在中は、これまでしてこなかった話を、彼としてみたいと思っています。私もこれから、盤上のチェスの技術だけではなく、もっともっと多くのことを学んでいかなければいけませんね。

2013/06/07

Memories of Hungary Vol.5 - Young Talents -

ハンガリーのIM トーナメントでプレーするのは、地元のIM+私のような、海外からのノームチャレンジャーのみではありません。ハンガリー国内でチェスを覚え、タイトルホルダーを目指す若きプレーヤーたちも、FS やCAISSA のようなIM トーナメントに、レイティングとノームを求めてやってきます。前回の記事ではIM のみを紹介しましたが、今回は若いハンガリーの実力者たちにスポットを当て、彼らとの戦績を振り返ろうと思います。今回はジュニアプレーヤの紹介であるため、私の対戦時とは大きくレイティングが変動している可能性があります。そこで現在のレイティングと、彼らの生まれた年を記しておきます。


FM Gledura, B (2421, 1999)
1ドロー

私がハンガリーで見てきたジュニアプレーヤーの中で、最も才能があると感じたのが彼、Gledura Benjamin です。ハンガリー生活最初のトーナメントである、昨年5月のFSで、一度だけ対戦しました。その後、GM クラスにチャレンジを続けた彼は、すでにレイティングを2400に乗せ、U14 世界ランキング3位の座まで上り詰めています。今年、IM タイトルを獲得することは間違いないでしょう。


Feher, A (2375, 1994)
1敗

8月のⅢ Sárkány - Aranytíz で対戦したFeher Adam とは、その夏の試合以降、顔を合わせていませんが、とても強いプレーヤーだったと記憶しています。私を破ったことでIM ノーム獲得をほぼ確実とし、IM Galyas、IM Berczes らに次いで、3位入賞を果たしました。私もその試合の結果次第では、まだノームのチャンスがあったので、とても悔しい敗戦でした。ハンガリーに戻ったら、リベンジしたい相手の筆頭です!


FM Korpa, B (2357, 1998)
2勝

ハンガリー滞在期間中、最初と最後のIM トーナメントで対戦し、ともにおいしくレイティングをいただいたのが、Korpa Bence です。私とのゲームでは、おやっ?と思う指し回しが目立ちましたが、他のプレーヤーとのゲームや、レイティングの変動を見ていれば、IM ノームを獲得できる、FM レベルのプレーヤーであることが分かります。


FM Csonka, B (2354, 1997)
3ドロー

セゲドに住む少年、Csonka Balazs とは、3回試合をして決着はつきませんでした。それでも3試合目は、私が2つ目のIM ノームを決めた重要な一戦であり、忘れられない対局です。レイティングは少し伸び悩んでいましたが、私がハンガリーを去った後に、ハンガリーのチャンピオンシップで好成績を収め、2350 に到達したようです。彼がブログで紹介するゲームも、楽しんで読ませてもらっています。


FM Tesik, C (2351, 1995)
1敗1ドロー

Tesik Csaba は、5月と8月のFS で対戦したナイスガイです。個人的に、ハンガリージュニアのイケメン賞状者!(顔がはっきり写っている写真がなくて残念...)チェスの実力も前述のプレーヤーたちに全く劣らないと思うのですが、2300 台に乗って以降、大分苦労しているようです。それでも、近い将来IM を獲得することは間違いないでしょう。

こうして整理してみると、90年代生まれのプレーヤーがことごとく2350を超えており、ハンガリーのチェスのレベルが如何に高いかが分かります。しかし当然のことながら、彼らも最初から強かったわけではなく、私との対戦時から現在にかけて、全員がレイティングを伸ばしています。私が滞在していた時期にちょうど彼らがおり、彼らとともにプレーし、ともに成長できたことは、私にとって大きな喜びです。(もちろん、別の時期に行けば、別の若者らがいるわけですがw)

しかし、上には上がいるもので、14歳でGM タイトルを獲得したRapport のように、さらに飛びぬけた才能もハンガリーには存在します。現在、最も注目株のGledura Benjamin でさえ、相当努力しなければ、将来的にハンガリーの代表に入ることは難しいでしょう。それでも、彼らの今後の成長と、大きな成功を願ってやみません。

最後に、今回紹介したプレーヤーたちは年齢も近く、非常に仲が良いであろうことを記しておきます。Gledura Benjamin のFacebook ページで、彼ら全員が非常に仲良さそうに写っている写真を見つけて、少し笑ってしまいました。おそらく、10歳前後から(Benjamin は今年でようやく14歳ですが)付き合いがあり、ともに切磋琢磨してきた仲間なのでしょう。日本でも近年はジュニアプレーヤーの大会が盛り上がっていますので、彼らにはライバルとして、そして友人として、長く付き合っていける関係を築いていってほしいと思います。


2013/06/04

Memories of Hungary Vol. 4 - Hungarian IMs -

ハンガリーでの長いIM ノームチャレンジを振り返るうえでは、そこでプレーするIM たちについて語らなければいけないでしょう。IM ノームを獲得するためには、一定数以上のIM との対戦が不可欠となります。そのために、ハンガリーでのIM トーナメントには、地元のIM が協力して参加し、IM トーナメントを成り立たせています。そこで今回は、彼ら一人一人との戦績やゲームを振り返ろうと思います。なお、紹介するIM のレイティングは、最後に対戦した際の数値を表記しており、対戦成績は、去年から今年にかけての滞在中の試合のみです。


IM Galyas, M (2412)
5敗2ドロー

私にとってハンガリーで最大の難敵だったのが、IM Galyas です。IM の基準である2400をキープし続ける実力を持ち、他国からのIM ノームチャレンジャーを阻む大きな壁となっています。1.d4 のオーソドックスなスタイルですが、非常にパワフルなプレーが持ち味で、私は7回の対戦で、とうとう一度も勝つことが出来ませんでした。秋以降の滞在で実力をつけた現在ならば、そう簡単に負けることはないと信じていますので、またハンガリーに渡った際の対戦をとても楽しみにしています。


IM Hajnal, Z (2364)
1敗2ドロー

ブダペストではなく、ケチケメートを拠点とするIM で、最も強いプレーヤーと言えば、Hajnal をおいて他にいません。現在は2300台にレイティングを落としているものの、Galyas に並ぶ高い実力を誇っています。1.e4 の非常に正統派のチェスで、私も苦戦を強いられました。(黒でやや弱気なのが、レイティング低迷の要因か)ハンガリーを去る直前の2月に、彼としっかり指せたのは私にとって良い思い出です。


IM Szeberenyi, A (2328)
2勝1敗5ドロー

ハンガリーでも最も多くの対戦をこなし、私がライバル視していたのが、Adam Szeberenyi です。なんと7回参加したFirst Saturday で、合計8回も対戦しています(笑) 7月のFS では、Galyas を差し置いて優勝した実力者で、彼のプレーからもたくさんのことを学ばせてもらいました。


IM To, N M (2287)
3勝1敗

ハンガリーにはベトナム系のプレーヤーが数人いますが、その中でもトップクラスの実力を持ち、10代でIM タイトルを獲得した天才肌のプレーヤーが、To Nhat Minh です。6月の初対戦では、彼には逆立ちしても勝てないと思えるような実力差を見せ付けられましたが、その後はなんとか3連勝。今回紹介した中では、唯一私よりも若いIM ですので、今後レイティングを2300、2400台に戻し、今後の活躍に期待したいIM の一人です。


IM Farago, S (2264)
1勝1ドロー

ここからの3人は、ブダペストのFS を守護する超ベテランIM たちです。彼らからまったくポイントが取れないようであれば、FS でIM ノームを獲得することは出来ません! Sandor Farago はトリッキーなプレーで相手を翻弄しますが、ベテランとして多くの試合経験があり、それに裏付けされた実力も兼ね備えています。3年前にハンガリーで彼と指したゲームは、私にとって、ベストゲームの一つになっています。


IM Lengyel, B (2252)
3勝2ドロー

ハンガリーではレジェンドとまで言われ、現在のトップGM であるLeko やAlmasi とも試合経験を持つのが、Bela Lengyel です。1.e4 の中でもソリッドなラインを好む彼を、黒で破るのはそう簡単ではありません。10月のFS で、Szeberenyi 相手に白黒両方で勝利を収めたのには、舌を巻きました。(ハンガリーのIM 同士が当たると、短手数でドローにすることもしばしばです。)


IM Szalanczy, E (2234)
2勝

Emil Szalanczy は黒で独特のオープニングにこだわりを持ち(Sicilian Dragon とOld Benoni)、時にはFarago 以上にトリッキーなゲームを披露してくれます。馬場さんとともに初めてチャレンジしたFS では、彼がベトナムの少年相手に目を疑うようなタクティクスを決めたのをよく覚えています。

この記事で紹介した以外にも、ハンガリーで対戦したIM はたくさんおり、彼らは隣国のセルビアやオーストリアから毎回来るか、ハンガリーに長期滞在しています。その目的はレイティングや試合経験よりも、参加することでオーガナイザーから得られる謝礼でしょう。(彼らは払ってプレーするのではなく、貰ってプレーする立場になります。)滞在費や移動費の支給がどうなっているか、興味はありますが、オーガナイザーに尋ねたことはありません。それは自身がIM タイトルを獲得してからのお楽しみにしておきましょう。

結局、ハンガリーに滞在した9ヶ月で(Istanbul Olympiad、London Chess Classic を除いて)、IM とは68試合をこなし、20勝17敗31ドローという戦績でした。レイティングを2400に乗せ、3つ目のIM ノームを獲得するためには、今後、彼らを相手にさらに好成績を残さなければいけないでしょう。現在は2200台にレイティングを落としているIM も、かつては2400に到達した実力者ですので、今後も油断せずに試合に臨み、彼らのプレーから学べるものを探していきたいと思います。

Vol.5 に続く

2013/05/20

Memories of Hungary Vol.3 - Andante and Friends -


4月はすっかりこのシリーズの存在を忘れていたので、約2ヶ月ぶりの更新です。Vol.3 では私がブダペストで過ごした日本人宿、アンダンテと、そこでできた友人たちの話をしようと思います。

どこかですでに書いたかも知れませんが、2010年に初めてハンガリーに行ったときから、アンダンテには興味を持っていました。宿泊料金は格安で、日本人のスタッフがおり、お客さんもほぼ日本人である。そんな条件であれば、長期でも過ごし易いであろうと考え、ブダペストの滞在をアンダンテにするというのは、昨年の頭には具体的なプランに盛り込まれていました。それでも、実際に行ってみなければどんな場所かはわからないため、5月に初めて顔を出した際はおっかなびっくりです。


アンダンテの男子ドミトリー。このように2段ベッドが並んでいます。


キッチンつきのリビングでは、お客さんがくつろいだり、食事をとったりします。

到着した当初は、宿でのマナーや他の客との関わり方などもわかりません。そんな私でもすぐに打ち解けられた(かなぁ?)のは、宿のオーナーと当時の管理人、そして最初に仲良くなった3名のお客さんのおかげだと思っています。ブダペストに着いた翌日、気軽に食事に誘っていただき、その後はアンダンテで一緒に料理を作ったり、色々な話を聞かせてもらったりしました。お客さんの1人とは、9月に横浜で再会しましたが、もう2人ともまたお会いしたいですね。その中でも、ライターの松崎さんにGigazine の記事を書いていただいたのは、ハンガリー生活序盤の良い思い出です。

チェス日本代表は試合中、頭の中でどんなことを考えているのかインタビュー

アンダンテは基本的に旅の宿ですので、ヨーロッパ旅行をする人や、世界一周中のバックパッカー、自転車で各地をめぐる人(これをチャリダーと呼ぶことを、アンダンテで教わりました)などが集まり、旅の情報を交換します。他にはブダペストにいる留学生が遊びにきたり、ハンガリー国内や近隣諸国で働いている日本人が宿泊に来たりします。日本のチェス界にずっといると、価値観の近い人たちが集まりやすいので、それはそれで過ごしやすいのですが、様々な職業の方や専門の学生と交流するのは、非常に刺激的な毎日でした。ブダペストで知り合ったのは、音大生、獣医学部生、指揮者、鍼灸師、初生雛鑑別師、写真家、フリーライター、ハンドボールプレーヤー、ポーカープレーヤー、バレリーナなどなど。


仲良くなったお客さんと、目隠しハンデつきのチェス。彼からは、お返しとして将棋を教わりました。

お客さんの中にはチェスに興味を持ってくれる人も多く、アンダンテでは何人もの日本人にルールを教えました。初めての人にチェスのルールを教えるのは、中学生の頃から慣れているつもりでしたが、どういった教え方がベストなのかは、なかなか確定しません。ですが、アンダンテで思いついた現在の教え方には、多少の自信を持っています。こうしてルールを教えた人たちが「チェスって面白いね」と言ってくれたり、ハンガリーを離れた旅先でもチェスをしていると報告してくれることは、私がブダペストの滞在先をアンダンテにして良かったと、心から思えるポイントの一つです。


11月にドライブで遊びに行った、ワイン生産の村の蔵にて。

そしてハンガリーの生活を振り返る上では、彼の存在は無視できません。7月から2月まで、アンダンテの管理人を務めた岡本くんには、長期間とてもお世話になりました。お互いに、これまであまり交流のなかったタイプであったために、価値観の違いから衝突することもありましたが、今では良い友人だと断言できます。2人ともハンガリーを去った後に、彼が自身のブログに書いた私についての記事には、腹を抱えて笑わせてもらいました。それと同時に、よく私のことを見て、支えてくれていたことを実感し、感謝しています。また近いうち、日本で会いましょう!

岡本 Vs チャンプ小島

そして最近になって、アンダンテのリニューアル工事が終わったとの連絡が入りました。私が9ヶ月のハンガリー滞在のうち、ブダペストの全宿泊を過ごしたアンダンテの姿はもうないのかと、少し寂しく思うと同時に、新しくパワーアップしたアンダンテを早く見たいと強く願っています。遠く離れた東欧の一角にある、私の新たなホームとも呼べる場所に、また帰りたいと思う今日この頃です。

アンダンテでできた友人たちとは、これまで日本で経験してこなかったようなイベントを、いくつもこなしてきました。一緒に温泉やプールに行ったり、オペラや演奏会を見に行ったり、IM ノーム獲得や誕生日を大人数で祝ってもらったり、ともに年越しを過ごしたり、そして飲みながら互いの夢を語り合ったりと、思い出は枚挙に暇がありません。今度の滞在では、どんなユニークな人たちと知り合えるか、今から楽しみにしています。

Andante Hostel

Vol.4 に続く

2013/03/24

Memories of Hungary Vol.2 - 初挑戦 -


試合開始を待つ3年前の私 Behind the Scene より

レコとクラムニクのマッチから6年の歳月が流れ、2010年になってようやく、私にもハンガリーに渡る機会が訪れました。そのきっかけは、大学院卒業を間近に控えた馬場さんが、卒業旅行トーナメントとして、フランスのCappelle la Grandeと、ハンガリーのFirst Saturday を選んだことです。それまでも行こうと思えばハンガリーに行くことはできましたが、なかなか一人で行く踏ん切りがつかず、結局はこの時になって、馬場さんに引っ張られる形でハンガリー初挑戦となりました。当時、私は大学3年生、前年にFM のタイトルを獲得したばかりでした。

今思えば、この時はレイティング2300に到達していながら、まだまだ未熟なプレーが多かったですね。(もちろん今でもですが)
そして、公式戦でのラウンドロビンも、IM トーナメントも初めてだった私たち2人にとって、この時のFS は厳しい戦いとなりました。慣れないシステムと土地の上、さらにはチェス界では有名(?)な偽警官事件や、空き巣事件に巻き込まれ、よく10日以上を戦いきったと思います。そんな中で指せた以下のゲームは、2010年の私の公式戦の中でも、文句なくベストゲームに挙げられるはずです。

Kojima,S (FM, JPN, 2312) - Farago, S (IM, HUN, 2256)
First Saturday 2010 March (9)

1. e4 c5 2. c3 Nf6 3. e5 Nd5 4. d4 cxd4 5. Nf3 e6 6. cxd4 Nc6 7. Bc4 d6 8. O-O dxe5 9. dxe5 Be7 10. Qe2 a6 11. Nc3 b5 12. Bd3 Ncb4 13. Nxd5 Nxd5 14. a4 $1 b4 15. Rd1 Bb7 16. Qe4 h5 17. h4 $1 Qb6 18. a5 Qa7 19. Qe2 Bc5 20. Ng5 Ne7 21. Bf4 Bd5 22. Rac1 Nc6 23. Be4! Nd4 24. Qd3 Rd8 25. Rxc5 Qxc5 26. Qxd4 Qxa5



27. Nxe6!+- fxe6


27... Bxe6 28. Bc6+ Ke7 29. Bg5+ f6 30. exf6+ Kf7 31. Qa7+ Kg6 32. Be4+ Bf5 33. Qxg7#

28. Bg6+ Kd7 29. Qa7+ Kc6 30. Rc1+ 1-0


このゲームで7R~9R まで3連勝となり、意気揚々とホテルに帰った私を、パソコンと携帯が消えているという、空き巣事件が待ち構えていたのでした(笑)

この時のFirst Saturday では、私の戦績は5勝4敗2ドローで、レイティングも少し下げてしまいました。それでも、憧れの地ハンガリーで初めてプレーすることができ、IM トーナメントの仕組みも何となく理解できたので、遠く東欧の地まで足を運んだ甲斐は間違いなくありました。事件に巻き込まれたことから、「もう二度とハンガリーには来ない!」と宣言した馬場さんとは違い、私はまた必ず、この地に戻ってくることを誓ったのです。

ちなみにブダペストの日本人宿、アンダンテを知ったのもこの頃です。次回はアンダンテとそこで出会った人たちについて、もう少し詳しくお伝えしようと思います。

Vol.3 に続く

2013/03/14

Memories of Hungary Vol.1 - 憧憬 -


Vladimir Kramnik に挑むPeter Leko, The Chess Drum's News Briefs より

日本に帰国したら書き始めようと思っていたのが、このハンガリーを振り返るシリーズです。ハンガリーで過ごした時間というのは私にとってまさに夢のようで、これまでの自分の人生で全くしてこなかった経験を、語りきれないほど多く積むことができました。シリーズの始めとなる第一回~第二回にかけては、私が中高生の頃からハンガリーに抱いてきた憧れと、旅立ちまでをまとめようと思います。

これまであまり語ったことはありませんでしたが、私は15歳頃から、いつかハンガリーに行ってチェスをしてみたいと思っていました。高校1年生の頃に突如、ハンガリー語のテキストを購入し、あまりの難しさにすぐ投げ出したのも、若気の至りというものでしょう(笑) 中学2年生頃から始めたGM の棋譜並べで、Leko やPolgar がハンガリーのGM だと知ったのがいつの頃であったか、記憶は定かではありませんが、チェスを始めた割と早い段階でハンガリーという国が、世界でもトップクラスのチェスの強豪国であるという認識は持っていました。

そして、私がハンガリーへの憧れを強める出来事が2004年、高校1年生の頃に起こりました。ハンガリーのトップGM であるPeter Leko が、当時の世界チャンピオンであったVladmir Kramnik に挑み、世界チャンピオンの座を狙ったのです。マッチの最中、私は毎日ライブにかじりついてゲームを鑑賞し、翌日は部室で検討戦を行いました。

その思い出深いマッチは、Leko が1Pリードしたまま最終14R を迎えましたが、最後の最後でKramnik が勝利を収め、7-7 のスコアでチャンピオン防衛となりました。もし最終戦でLeko がドロー以上を取るようなことがあれば、ハンガリーのチェスの歴史は大きく変わっていたでしょう。そして当然、Leko を応援していた私は落胆したのでした。


Leko の活躍を示すマッチのスコア, Carolus Chess より

しかし考えてみれば、私がなぜLeko を応援していたのかはよく思い出せません(笑) Kramnik のチェスも、Leko のチェスも、私はどちらも好きです。そのため、プレースタイルで応援するプレーヤーを決めたわけではないでしょう。歴史的に圧倒的な力でチェスの世界を牛耳ってきた、ソ連、ロシアという大国出身のチャンピオンに、ハンガリーという小国の戦士が勇敢に立ち向かっていったことに、胸を打たれたのかもしれません。(そういった点では、Fischer がSpassky を破ったマッチをリアルタイムで見ていた世代の感動は、私の予想を遥かに上回る物なのかもしれませんね。)最終的に敗れこそしましたが、マッチでは無敵と呼ばれたチャンピオンを、ロープ際まで追い詰めたハンガリー人の活躍は、私の記憶に強く焼きつくことになったのでした。

そうした出来事があり、Peter Leko、そして史上最強の女子プレーヤー、Judit Polgar を育てたハンガリーという国は、いったいどんな所だろうと考えるようになりました。翌年、高校2年生で当時の最年少記録を破って全日本優勝を果たし、海外大会にも足を運ぶようになった私ですが、憧れの地ハンガリーに向かうのは、さらに5年も先のこととなります。

Vol.2 に続く

Kramnik - Leko の結果や棋譜はこちらで確認できます。
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