最終章の第3部は、このポジションからスタートです。白は満足な形でピースを組み、d5 にプレッシャーをかけています。ここからはまた、違ったアイディアでポジションを改善していきます。
15. Na4!
こうしたIQP ポジションでは、典型的な手です。白はBc8-Be6 によって弱くなったb7 を狙い、c5 のマスへナイトの侵入を試みます。ナイトは一般的には盤の端に跳ぶべきではありませんが、c5 のような確実に跳べるマスが確保できているのであれば、一時的に端に行くことも問題ではありません。ショートレンジのナイトは、基本的にアクティブに使うためには、なるべく敵陣深くに切り込んでいくべきピース。ナイトが3段目から5段目に向かう手は、一般的には良いアイディアとなります。
15... Ne4
黒も同じように、3段目から5段目にナイトを向かわせます。e4 のマスのナイトは、将来的なキングサイドへのアタックも作れる可能性があり、良いポジションであることは間違いありません。c3 のナイトがa4 へ跳び、d5 へのプレッシャーが弱まったことで、黒もこのナイトを動かせるようになっています。
16. Nc5!
白は初志貫徹、ナイトを5段目に到達させます。ここで白が知っておくべきなのは、ナイトを1組交換することが、白にとってプラスになるということです。それがなぜなのか、丁寧に説明します。
IQP ポジションにおいて、基本的にIQP を持たせている側は、マイナーピースの交換を進めるべきです。IQP を持つ側には「センターに弱点を抱える代わりに、開いたビショップのダイアゴナルとセンターのマスのコントロールによる、キングサイドへのアタックチャンス」というアドバンテージがあります。マイナーピースの交換は、そうしたキングサイドアタックのチャンスを減らし、IQP を持つ側のアドバンテージを少なくします。ピースの交換を進めていけば、IQP を持たせている側はディフェンスが楽になり、単にポーンストラクチャーの良いエンドゲームに突入することができます。
さらにこのポジションでは、もう1つ白に分かりやすいメリットがあります。c3 とf6 のナイトを交換すれば、d5 へのプレッシャーはプラスマイナス0ですが、白の黒マスビショップのダイアゴナルが開くことで、白は黒キングへのプレッシャーと、d4 のアウトポストのコントロールを得ることができます。このことからも、白は積極的なナイトを交換しにいくべきだと判断できるでしょう。これが分かれば、白が早々にNa4-Nc5 から、ナイトをぶつけて問題ないことも理解できます。
16... Bf5?
塩見さんは白番でも黒番でも、IQP を持つプレーを好むアタッカーです。もし黒を持つプレーヤーが塩見さんではなく、マイナーピースの交換はIQP を持たせる側にとって有利であるという、IQP ポジションについての知識がないプレーヤーであれば、本譜の手は指さずに、ナイトを素直に交換したでしょう。その場合、16... Nxc5 17. Rxc5 Qd6 18. Rdc1 と進んで、白は確実に優位なポジションを築くことができます。塩見さんは単純なナイト交換を避け、なんとか反撃を試みようと本譜を選択しましたが、b7、d5 を諦めるのは、やはりやりすぎでした。
17. Nxb7 Qc8 18. Qxd5 Qxb7 19. Qxf5
こうして2ポーンアップになった白は、後は丁寧にフィニッシュを探すだけです。
19... Ne7 20. Qd7 Rac8 21. Bxa6!? Qxa6 22. Rxc7 Qe2 23. Rxc8 Rxc8 24. Qd8+ 1-0
黒にわずかな反撃も許すことなく、勝負は決まりました。このVol.3 でのメインテーマは、マイナーピースの交換についてです。16手目の判断ミスが決定打となりましたが、そこまでの流れはIQP ポジションを学びたいプレーヤーにとって、ためになる内容だと思ったので、各ポイントで3回に分けて、この試合を解説しました。また何か面白い試合ができれば、こうした一風変わった解説の機会を設けたいと思います。