2020/07/01

Croatian Chess Championship 2020 Vol.3


12人のラウンドロビンで開催されていたクロアチア選手権は、昨日最終戦を消化し、全日程が終了となりました。前回の記事ではトップの逆転が続いていることをお伝えしましたが、先に訂正とお詫びを。9R 終了時点でトップだったのは、GM Brkic Ante であり、Saric Ante ではありませんでした。失礼しました。

11戦を終え、優勝は7/11 でGM Martinovic でした。2位以下は6.5P がなんと4人、Kozul, Zelcic, Stevic, Brkic と並んでいます。Martinovic はなんと8R 終了時点ではイーブンの4/8 で6位、トップとは1.5P差でした。それが最後3連勝で上位5人を一気に抜き、単独トップに躍り出たのです。まさに劇的と言える逆転優勝です。日本のトーナメントでも、最後まで優勝の行方が分からないと言われることがありますが、それでも例年、全日本終盤は2人くらいで優勝争いをしており、このクロアチア選手権ほど最後まで分からないということはない印象です。レベルの高さだけでなく、そういった点でも、実に見ごたえのある大会でした。

Martinovic, S (GM, CRO, 2532) - Jovanic, O (GM, CRO, 2524)
Croatian Chess Championship 2020 (11)

1. d4 d5 2. c4 c6 3. Nc3 Nf6 4. e3 a6 5. Nf3 b5 6. b3 Bg4 7. a4!?



8,9R を連勝し、勢いのあったMartinovic は、最終戦でJovanic のa6 Slav に対して少し珍しい変化を採用します。この7手目は7. h3 Bxf3 8. Qxf3 e5!? 9. dxe5 Bb4! という変化が1つ有名で、私もかつて1試合だけ指したことがあります。他にも7. Be2 e6 8. 0-0 Nbd7 9. Bb2 という変化も手堅いでしょう。7. a4 は統計的には5番手にも入っていない珍しい手ですが、近年少しずつ増えているようです。クイーンサイドを崩すアクションを早めに起こし、ポーンストラクチャーを決めておこうというアイディアですね。

7... b4 8. Ne2 Bxf3 9. gxf3 Nbd7 10. Bg2 a5


将来的に弱点になりうるb4 ポーンをサポートするため、このaポーンの突き直しは遅かれ早かれ必要になるでしょう。このa5,b4 のポーンストラクチャーはSlav やQGA では特徴的ですが、中盤以降この形がポイントになります。

11. e4 e6 12. Be3 g6 13. Rc1 Bg7 14. h4 h5 15. Qd2 Qb8 16. O-O O-O



見慣れない人もいるかと思いますが、白黒慎重にピースを組み、このような配置でキャスリングを済ませました。黒は白のeポーンの伸び方を見ながら、d4 に当てられるように手数をかけても黒マスビショップをフィアンケットしています。これはある意味自然なのですが、将来的にcファイルを白が開いてアクションを起こした際、黒マスビショップがa3-f8 のダイアゴナルを離れたことでc5 のマスに利きが少ないと、白がこのマスを利用するチャンスが少し気になります。

17. Bf4 Qd8 18. Bg5 Qb8 19. Bf4 Qd8 20. Bg5 Qb8 21. cxd5!


21. Bf4 で3回同一局面の成立でしたが、0.5P差でトップを走るBrkic を逆転するためには勝ちを狙います。そしてこの辺りではすでにBrkic がKozul 相手にかなり悪いポジションになっており、逆転優勝の気配が漂っていました。

21... cxd5 22. Rc6 Rc8 23. Qc2 Nb6 24. Rc1 Qa7 25. Qd3



白は開いたcファイルを突破口にしていますが、黒はディフェンスに少し手間取っているように見えます。黒のクイーンサイドは白マス、黒マスともにビショップの利きが無く、b5,c5.c6 など多くのマスが弱くなっています。それらの場所に白ピースの侵入を許せば、b4 のサポートに向かったa5 がターゲットになります。

25... Rxc6 26. Rxc6 Rc8 27. Qb5 Rxc6 28. Qxc6


ルークを2つ捌いて多少の窮屈さを解消しても、白のクイーンは好位置で、追い返す術がありません。さらにはルークを捌いたことで、白に新たなピースの使い道と、a5 を狙う手段が生まれます。

28... Nbd7 29. e5! Nh7 30. Bd8!



この黒マスビショップの侵入は大きかったと思います。e4-e5 のセンターを閉じるタイミングは、一歩間違えればd4 の根元のポーンにナイトでの反撃を食らいかねません。ここではc6 のマスなども抑えており、白がa5 を狙うのが十分に早いと見て勝負です。

30... Nb8 31. Qb5 Bf8 32. Bxa5


a5 の落ちた黒に取って厳しいのは、b4 の伸びすぎポーンも守るのが難しい負担になってしまうことです。ポーンをb4 に誘い込み、a5 のポーンやb5 のマスを弱点にするという7.a4!? の構想が、ここにきて完全にはまっていると言えるでしょう。

32... Na6 33. f4 Be7 34. Bf1 Nf8 35. Qb6 Qxb6 36. Bxb6



クイーンを交換し、白はどのようにb4 を落とすか、またはaポーンを進めるかという段階に入ります。もっとピースが残ってごちゃごちゃした局面ならいざ知らず、いまさらh4 を取られても黒のパスポーンは脅威にならないと判断できるところも面白いですね。

36... Nd7 37. Ba5 Nab8 38. Bc7 Na6 39. Bd6 Bd8 40. Nc1!


当然の構想ですが、Ne2-Nc1-Nd3 の組み換えによってb4 を狙いつつ、Bf1-Bg2-Bf1 と初期位置に戻った白マスビショップをクイーンサイドの利かせ、最後の仕上げへと向かいます。

40... Ndb8 41. Bb5 Bb6 42. Nd3 Ba5 43. Kf1 Kg7 44. Ke2 Kg8 45. Ke3 Kg7 46. Bxa6 Nxa6 47. Nc5 1-0



最後はナイトの強制交換から、2つ目のパスポーンができることが決まり、ここで決着です。1ポーンアップのうえ、ビショップ、ナイト、キングと残った全てのピースの働きの差で白は圧倒しました。私はJovanic とは2013年に対戦しており、その際は非常に手堅いチェス指すGM だという印象を受けました。そのJovanic をここまで完封するとは、派手さはさほどなくともマスターの技術が各所に現れたゲームだったと思います。

ちなみに最終戦はPalac - Zelcic のベテランのペアリングのみ短手数ドローで、他の5ボードは全て白勝ちになっています。久々のOTB で参加者の皆さん気合が入っていたか、ファイティングゲームが多く見られたのは嬉しかったですね。

おそらく日本の皆さんは2500-2600 くらいのクロアチアのGM は、あまり知らないという人も多いかと思います。今回のクロアチア選手権中も、Twitter などで見る限りはNakamura Hikaru やDIng Liren の参加するChessable のほうが関心は高かったのではないでしょうか。もちろん世界トップクラスのGM の試合は注目度が高いと思いますが、Martinovic のような20代の若いGM から、Kozul、Zelcic ら50代のベテラン勢がしのぎを削り合うクロアチアの試合も、非常に興味深いですよとお伝えしたく、3回も記事を書いてしまいました。旧ユーゴスラビアの国々のチェスについては、またどこかでご紹介できればと思います。今日ご紹介したゲームはリンクも貼っておきますので、こちらでも是非駒を動かしながら棋譜を確認してみてください。

Croatian Chess Championship 2020 Martinovic - Jovanic

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