2014/11/30

Denousen Special Match - Kasparov vs. Habu Event Report -


昨日、六本木のニコファーレにて、電王戦の特別企画、Kasparov と羽生さんの対局イベントが開催されました。来年の電王戦Final の、振り駒役を務めるために来日したKasparov が、羽生さんとの対局イベントも行うと急に聞き、驚いたチェスファン、将棋ファンも多かったと思います。対局の結果は、すでに多くのメディアで伝えられているため、ご存じの方も多いでしょうが、ゆっくりと昨日のイベントを振り返っていきましょう。


イベントは28日の午前10時スタートでした。今イベントの司会、聞き手は女流棋士の藤田綾さんが務め、イベント開始の挨拶とKasparov と羽生さんの紹介などの後、2人の対局が始まります。持ち時間は25分+1手10秒増加のラピッドで、1局目はKasparov が白を持ちます。解説の塩見さんと聞き手の藤田さんの掛け合いで、1局目は初心者向けにルール説明を交え、簡単な解説でゲームを追っていきます。こちらの記事では、多少詳しく解説を入れていきましょう。

Kasparov, G (GM, RUS, 2812) - Habu, Y (FM, JPN, 2415)
Denousen Special Match (1)

1. Nf3 Nf6 2. g3 b6 3. Bg2 Bb7 4. O-O e6 5. d3 d5 6. Nbd2 Be7



オープニングは、まさかのKing's Indian Attack です。試合後にKasparov は、定跡での研究勝負を避け、地力が出るような勝負にするつもりだった述べています。ちなみにここでは、6... Nbd7 と指すほうがフレキシブルで、本譜では白がキングサイドを攻めるクラシカルなプランで優位を築きます。

7. e4! O-O


7... dxe4 8. dxe4 Nxe4? 9. Ne5! Nd6 10. Bxb7 Nxb7 11. Qf3!+- というKasparov の試合後の指摘には、羽生さんも含めてなるほど!という反応でした。「あ、指さなくて良かった」と、こっそり羽生さんが呟いたのも面白かったですね。

8. e5 Nfd7 9. Re1 c5 10. Nf1 Nc6 11. h4 Nd4?!



控室でライブを見ながら、おやっと思ったのがこの手からです。黒は積極的にナイトが跳びこみますが、d4 のポーンは守りづらく、すぐに落ちてしまいます。ちなみに奇しくも、私が2年7か月前にNigel Short と指した際、最初に出た疑問手も、11... Nd4 というナイトの跳びこみでした!(偶然、手数まで同じです。) 私たちにとって、つい指してしまう魔の手でしょうか(笑)

12. Nxd4 cxd4 13. Qg4 Re8 14. Qxd4 Qc7 15. c3 f6!


黒としては、なんとかカウンタープレーを作らなくてはいけません。Rf8-Re8 でe6 のポーンを守ったので、ここは白のセンターポーンを消し、逆に黒がポーンの厚みを作ることで反撃を試みます。

16. exf6 Bxf6 17. Qg4 Ne5 18. Bf4!?



ここはクイーンが逃げても良い局面ですが、Kasparov はクイーンを交換してエンドゲームに持ち込みます。第2局ではさらに顕著になりますが、経験豊富なマスターと、そうではないプレーヤーの差は、特にエンドゲームで出ると言えるでしょう。

18... Nxg4 19. Bxc7 Rac8 20. Bf4 e5 21. Bd2 e4 22. dxe4 dxe4 23. Bf4 Rcd8 24. Re2?!


しかし、Kasparov にも多少緩手が出ます。ここは24. Rad1 と指して、ピース交換を進めれば、e4 が弱点になっている黒は、粘るのが相当厳しいでしょう。

24... Be5 25. Ne3!?



Kasparov はかなり考えたのち、黒マスビショップを諦め、g4 の強力なナイトとの交換を決断しました。ここから続くKasaprov のフィ二ッシュは、見事なものでした。

25... Bxf4 26. Nxg4 Bc7 27. Rae1 h5 28. Nh2 b5 29. Bxe4!


ここでe4 をすぐ取って問題なく勝てるのかは、しっかりと読む必要があるでしょう。ポイントは、Rd8-Rd2 にどう対処するかです。

29... Bxe4 30. Rxe4 Rxe4 31. Rxe4 Rd2 32. Nf3!



指されてみれば、自然ですし、なるほどと思えます。この戻ってきたナイトと、ルークに組合せによるアタックで、白のアドバンテージは決定的なものとなります。

32... Rxb2 33. Ng5! Bd6 34. Re8+ Bf8 35. Rb8!


35. Ne6?! Kf7 では、多少勝負は長引くでしょう。ルークを一度離しておき、あらためてNg5-Ne6 の狙いを作ります。

35... Re2 36. Kf1 Re7 37. Rxb5 g6 38. Rb8 Kg7 39. c4 1-0



最後は単にcポーンを伸ばしていけば、黒には抵抗する方法が残っていません。序盤でのミスが最後まで痛手となり、挽回はできませんでしたね。それにしても、Kasparov の優勢を勝ちに結びつけるテクニックには、舌を巻くほかありません。


視聴者に見えているモニターには現局面に加え、世界最強のチェスエンジン、Houdini 4 の評価がバーになって映っています。これはチェスに詳しくなくても、形勢を目視しやすいようにという工夫ですね。最近のチェスライブサイトでも見かけるサービスですが、ここ2回の電王戦でも、このシステムを採用しています。また、会場の360度ディスプレーには、ヨーロッパの城をイメージした映像を流しており、一体どこで対局を行っているのかと驚いた視聴者も多かったでしょう。


1局目で試合開始の合図を出した私は、解説の塩見さんの様子を見守りつつ、南條くんと控室で待機します。控室には2人のプロ棋士が来ており、南條くんが細かくレクチャーを行っていました。先日、将棋会館に足を運んだ際もそうでしたが、こうしてプロ棋士と話をし、将棋とチェスの話ができるのは大変楽しい時間です。

カスパロフ相手の緊張からか、黒では羽生さんらしくない試合運びでしたが、白ではそれを挽回するような良いプレーを見せてくれました。続いて羽生さんが白を持つ、第2局の解説へ移りましょう。

Habu, Y (FM, JPN, 2415) - Kasparov, G (GM, RUS, 2812)
Denousen Special Match (2)

1. e4 g6!?



私は2局目の開始合図を出してからしばらく、Kasparov の初手を待ちましたが、まさかの1... g6 です! 羽生さんは直前のトレーニングでは、1... e5 が予想で、伝家の宝刀、1... c5 が来るなら光栄だと言っていました。

2. d4 Bg7 3. Nc3 d6 4. Be3 a6 5. Qd2 Nd7 6. h4!?


羽生さんはこの試合、白で攻撃的なセットアップを採用します。

6... h6 7. O-O-O b5 8. Nh3 Ngf6 9. f3 Nb6 10. Nf4 b4 11. Nce2?!



これは解説をしていて作戦ミスだと思ったところです。f1-a6 のビショップのダイアゴナルをカットしてしまえば、Nb6-Nc4 からのナイトビショップの交換が入り、黒にイコアライズのチャンスを与えてしまうでしょう。ここは思い切って、11. Ncd5 と跳びこむべきだと思います。

11... Nc4 12. Qd3 Nxe3 13. Qxe3 c6 14. Kb1 Qb6 15. Qd2 h5?!


ここでポーンを突き直し、ビショップをc1-h6 のダイアゴナルに使い直すアイディアは、なかなか巧妙だと感じました。しかし、この後の展開から振り返れば、15... Ra7! と指して、e4-e5 を防いでおくほうが黒にとって安全策だと、Kasparov は検討で述べています。しかし、Ra8-Ra7 というやや特殊なルークの動きは、私にはぱっと思いつかないでしょう。

16. e5!



黒マスビショップこそ失ったものの、キャスリングをしてキングが安全になり、dファイルのコントロールが強い白にとって、センターを開くことは大きなプラスになります。

16... dxe5


イベント後、夜にKasparov に会った際、ポーンを交換せずに16... Nd5! 17. exd6 Ra7 ならば、黒にはポーンの代償があり、本譜よりも良いと言われました。それを聞いた私と羽生さんは「??」といった状態でしたが、今並べてみてもはっきりとは分かりません。おそらく、キングさえ安全になれば、黒のダブルビショップが生きてくるということだと思いますが、それが十分にポーンの代償になるのかの判断は、非常に難解です。

17. dxe5 Nd5 18. Nxd5 cxd5 19. Qxd5 Ra7?!


ここでルークが上がる手は小さなミスでした。明らかに黒にとってベターなのは、19... O-O! 20. Qxa8 Bb7 21. Qxf8+ Kxf8 という変化で、2ルークとクイーンの交換であっても、キングが安全になり、ダブルビショップも持っている黒は、満足に戦えるでしょう。

20. Qd4 Qc7 21. Nf4!?



コンピュータは、21. f4 O-O と進めるほうが白にとって良いと判断しますが、人間の感覚からすれば、黒にダブルビショップを残させ、逆サイドキャスリングからの攻め合いで戦うのは(特にKasparov が相手では!)、少し嫌な感じがするでしょう。羽生さんの指した手は、ポーンを返しても黒マスビショップを返してもらう安全策で、実戦的にありだと思います。

21... Bxe5 22. Nd5 Bxd4 23. Nxc7+ Rxc7 24. Rxd4 a5 25. Rd5 Ra7 26. Bb5+ Kf8 27. Rhd1 Kg7 28. Bc4 Be6 29. R5d4 Bf5 30. Bd3


ここで羽生さんが再びビショップをぶつけたことで、ドローの可能性が高いと解説中は思いました。黒からビショップ交換を避け続けることはできないですし、かと言ってd3 を取ってもドローが濃厚です。しかし、この数手後、Kasparov が指した手に、私と塩見さんは度肝を抜かれます。

30... Be6 31. Bc4 Bf5 32. Bd3 Rc8!!



ダブルポーンを作らせる手はないと思っていたため、恥ずかしながら私は、この手はライブのミスだと思いました。しかし深く考えてみれば、f5 にポーンが移動してダブルポーンができても、黒はe7-e5-e4 とポーンを伸ばし、パスポーンを作るチャンスが早くなります!

33. Bxf5 gxf5 34. b3 Rac7 35. R1d2 e6 36. Kb2 Kf6 37. Rd6 Ke5!


そして、Kasparov はキングを素早くセンターに運びます。これに対して白は、キングがクイーンサイドから離れることができず、キングの働きに差が出始めます。

38. Ra6 Rc5 39. Ra7 R8c7 40. Rxc7?



そして、このルーク交換は白の決定的なミスとなります。「全てのダブルルークエンディングはドロー」という格言があるように(実際はもちろん違いますが)、白はルーク2つ残すほうが、ドローを取る可能性が高かったでしょう。40. Ra8! とルーク交換を避け、h ファイルにまわるなどして反撃を作るプランが有効そうです。

40... Rxc7 41. a3 Kf4!


黒のキングはさらに前進します! こうしたキングの使い方はエンドゲームの基本として学びはしますが、時間の無い中で10手近く前から構想を練り、それを実行するマスターの決断力と勇気には、ただただ感服するのみです。

42. axb4 axb4 43. Rd4+ Kg3 44. Rxb4 e5!



私はまず、44... Kxg2 とポーンを掠め取ると思いましたが、素早くパスポーンを作るアイディアのほうがシンプルです。

45. Rc4 Re7! 46. b4 e4 47. fxe4 fxe4 48. b5 e3 0-1


後ろからルークでサポートされた理想的なパスポーンを止めることはできず、白はリザインするほかありません。3回同一局面のドローを蹴り、素晴らしいアイディアをKasparov は見せてくれました。


2局目からは私も解説役に加わり、塩見さん、藤田さんとの3人体制で試合を中継していきました。自分で動画を見直し、何回「そうですね」って言ってるんだろうと苦笑しつつも、解説が分かりやすいというコメントを多く目にし、とても嬉しかったです。直接、感想のコメントをくれた友人たちも、ありがとうございます!


対局と検討戦の後は、Kasparov と羽生さんの対談、そしてインタビューが行われました。対談の中では色々と面白い話が飛び交いましたが「いくらコンピュータが発達しても、チェスは人と人との勝負であり、そこから生まれる感情や熱狂が大切である」というフレーズは印象的でした。これは思い付いた人であれば、誰にでも口にできることではありますが、実際にIBM と死闘を繰り広げ、その後も発達を続けてきたコンピュータと、人間にチェスプレーヤーの関わり方を見続けてきたKasparov が述べるからこそ、聞き入ってしまう言葉でしょう。今後、将棋の世界では、どのように人とコンピュータが関わりを持つか、私も見届けさせてもらうつもりです。


イベント後の打ち上げは、Kasparov 夫妻、羽生さん、南條くんたちと表参道の日本食へ。ここでの話題は、チェスや将棋のルーツとなるチャトランガや、そこから派生したアジアのボードゲームたちの話、日本の話、ロシアの現状の話など、多岐に渡りました。緊張する席ではありましたが、とても有意義な時間でした。

今回のKasparov の電撃来日とイベントに、まだ日本のチェス界と将棋界は興奮冷めやらぬという状況で、そこからまたどんな波紋が生まれるかは、まだまだ予想できません。私も今まで以上に多くの人と関わり、チェスと将棋のことについて考えさせられた期間でした。単純な感想ではありますが、今後ますます、チェスと将棋に興味と関わりを持つ人が増え、互いの交流となる活動を続けられればと思います。最後になりましたが、今回のイベントでご協力くださった多くの皆さん、本当にありがとうございました。

6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ニコ動で拝見しました。
私は今回のイベントで始めてチェスの対局を見た将棋ファンですが、非常に面白かったです。

これからチェスもやってみたいと思うのですが、ルールを覚えたあと何から始めたらいいでしょうか?

ピカチュウ さんのコメント...

このイベント以外にsimulとか観光とかどこかほかに行くのん? とか思いますが行動予定は秘密なのでしょう・・・決してfischerの二の舞になることのないよう無事に出国していただきたいですね・・・▼o・~・o▼ 滝汗

匿名 さんのコメント...

タイトルがDenousenじゃなくてDenosenになってますよ

Shinya_Kojima さんのコメント...

コメントありがとうございます。このイベントをきっかけにチェスに興味を持ってくださったこと、嬉しく思います。

ルールを覚えた後は、タクティクスと呼ばれる相手の駒を取る手筋を勉強してみてはいかがでしょうか。将棋でいう田楽刺しや両取りも、チェスでは多く出てきます。将棋のように駒を打つことはできませんが、駒の力が強い分、チェスのタクティクスも複雑なものです。

Shinya_Kojima さんのコメント...

カスパロフはイベント翌日に、アメリカに帰国しました。前日には奥さんだけ、京都の観光に行ったようです。

Shinya_Kojima さんのコメント...

ご指摘ありがとうございます。修正しておきました。

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